ライブレポート「蟲」

昨年12月13日の幕張メッセから幕を開けたTeleのワンマンツアー「Tele Tour 2025 – 2026『蟲』」が、全国を巡り、3月20日(日)、大阪・Zepp Bayside Osakaでファイナルを迎えた。

年を跨いで続いてきた長いツアー、僕は初日の幕張を観てそこに込められた強いメッセージ、というより「意思」に目を瞠り、ツアーのちょうど真ん中あたり、岡山・CRAZYMAMA KINGDOMでのライブではその意思が幕張メッセとはあまりにも違うライブハウスの距離感のなかでもしっかりと根付いているのを確認した。そしてこのファイナル。喜多朗のなかでさまざまな記憶と結びついたここ大阪で、Teleはその意思を、ここから続いていく未来の物語へと繋げてみせた。

その「意思」とは何か。それを伝えるには、喜多朗がファイナルのライブ中に発したこの言葉を引用すれば十分だろう――「僕たちは変わらなくちゃいけない」。セットリストの中盤、“あいでいて”を終えた後、喜多朗はそう繰り返した。「自分の心のいちばんナイーブでどうしようもなく救えない部分に沈んでいって、考えて、苦しんで、僕がもう一度僕を信じるための証拠を集めて、その繭のような過去の自分から割って出てくる、それが僕のいう『変わる』ということだ」。

それまでの盛り上がりから一転、しんと静まり返ったフロアを前に、彼は続けた。「自慢するわけじゃないけれど、僕はいつだってその変化を、苦しみながらも容易く行える。あなたたちには、もしかしたら難しいかもしれない。だって、その鍵は僕が持ってる。その変化を恐れない理由はこれだから。これがずっと頭の中で鳴り響いているから」――そうしてかき鳴らされたギター。「それを今から数十分間で教えてやるから、覚悟してついてこい、大阪」。

アジテーターのような言葉に、会場全体が奮い立つのがわかった。そして始まった「カルト」は、この日のライブのなかでもひとつのハイライトといえるようなすさまじい光景を描き出した。これこそが今のTele、谷口喜多朗が抱いている強烈な意思だ。ステージの上で、オーディエンスと面と向かって音楽を鳴らし、それによって「変わっていく」自分を見せ続けること。

幕張メッセでは巨大な繭のオブジェがそんなテーマを象徴的に示していたが、僕が観た岡山でも、そしてもちろんこの大阪公演でも、喜多朗はそんな装置に頼ることなく、自ら鳴らす音でそのテーマをまっとうしていた。ツアーを通して、その意思が血肉化した確かなものになっていったのだ。「蟲」というツアーは、そしてこの日のライブは、文字通りそのドキュメントだった。「跳べ、大阪!」――喜多朗のそんな一声から、ツアーファイナルのライブは始まった。オープニングを飾るのはこのツアーのテーマソングである“蟲”。空気を切り裂くようなビートと幾重にも折り重なった感情が次々と襲いかかってくるような切迫感。初日の幕張でも、そしておそらくこのツアーのどの会場でもそうだっただろう。この曲には空気を一変するような力がある。

オーディエンスもその力に反応して、いきなり声を上げて盛り上がる。曲名も、引き裂かれた自己と殴り合うような歌詞も、とてもグロテスクで生々しい。だが、だからこそ喜多朗はここから歌い始めなければならなかったし、ツアーに「蟲」という名前をつけなければならなかった。変わっていく自分を見せるには、何よりもまず、変わる前の自分を曝け出す必要があったからだ。このツアーが、Teleが自らのなかにある醜さと向き合い、それを融解させるとともにエンタテインメントに昇華し、次の姿へとトランスフォームしていくためのプロセスだとするなら、その端緒となるのは醜い“蟲”であるべきだったのだ。

その“蟲”に続いて歌われるのは“硝子の線”。青白い光のなか、孤独な歌声から始まった曲が、どんどん熱を帯びて爆発していく。“初恋”ではオーディエンスの〈alright〉の声が力強く響き渡り、喜多朗は「すばらしい!」とそれを称えた。曲を重ねるごとにステージの上とフロアの感情がシンクロし、重なり合っていくようだ。そんなムードを作り上げているのは他ならぬ喜多朗の歌声である。こんなに「大きな」歌を歌う人だったか?と思うくらい、その声は説得力をもっていた。それは続く“サイン”でも同様。優しいメロディをもつ曲だが、ときに思いっきり力んで、ときに透き通るようなハイトーンで歌う喜多朗の声がその裏側にある激しい感情の波を体現するように響き渡る。「最後の最後の搾りかすを惜しげもなく出しに来たんだよ、こっちは!」。そういって雄叫びとともに突入した“砂漠の舟”で、フロアの温度もますます上昇していった。

その後、印象的な「僕たちは変わらなくちゃいけない」という言葉を境に、ライブの空気は文字通り変わっていった。タイトル通りの濃密な一体感を生み出した“カルト”に、「おいで、大阪」という喜多朗の言葉に〈愛したかったんだ〉の大合唱が巻き起こった“残像の愛し方”。バンドメンバーとも息の合ったコンビネーションを見せながら、その歌とパフォーマンスはどんどん開放的なものになっていく。キャッチーなギターリフが鳴り出した瞬間、フロアから手拍子が生まれ、眩い光が会場を包み込んだ“金星”では最後のサビで歌詞を間違えてニヤリと笑う喜多朗。「歌おう!」と声を張り上げると、彼をサポートするようにフロアからの大きな声が重なった。続く“DNA”でも喜多朗は吹っ切れたように叫び、オーディエンスの声を求める。紛れもなく谷口喜多朗自身の物語だったライブが、一気にみんなのものになっていく。

そんななかで披露された新曲”ロープウェイ“も印象的だった。軽やかなドラムに乗せてファンキーに放たれる喜多朗のラップ。〈だらしない僕らの、/幸せが何だろうと、/このままヘラヘラふざけて/まともをすり抜け生き延びろ。/この一本道をあなたと無駄にしたいだけ。〉と、自らのだらしなさも迷いも受け止めるどころか笑い飛ばして放り投げるような軽快さとたくましさ、そしてそこから生まれる肯定性。彼がどんなことを思ってこの曲を書いたかは知る由もないが、少なくとも僕はそこに繭を突き破って顔を出した「これからのTele」を見たような気がした。

ライブ終盤、イントロから大合唱が巻き起こった“comedy”を終えると、ノイズが鳴り続けるなか、喜多朗は「変わり続けましょう」と再びフロアに呼びかけた。「僕たちはいつだって脆いから、世界もいつだって脆いから。生き延びるために変わり続けましょう」。〈馬鹿げている世界を/踏み越える度に悲鳴が響いた〉と歌う“包帯”の歌詞が、物悲しさではなく、それでも進み続けていく覚悟の宣言として届いてくる。そして最後に“蟲”と対になるような新曲“繭”へ。幕張メッセで初めて聴いたときと同じような優しさと同時に、あのときには感じなかった頼もしさのようなものも感じる。もしかしたら気のせいかもしれない。だがきっと、この曲もツアーのなかで少しずつ染み込み、その色合いを変えてきたのかもしれない、と思った。

その後、フロアから自然発生的に“花瓶”のメロディが歌われ、それに呼ばれるようにアンコールが始まった。出てくるなりロンダートを決める喜多朗。さっき「屍になってるかも」とか言っていたが、見るからに元気である。そして彼は大阪の思い出について語り始めた。FM802で昨年までやっていたラジオ番組のこと、大阪の銭湯で働く友人のこと。昨年の幕張メッセを終えた後には、自分の身体を思い通りに動かせないと感じて、リハを抜け出して、財布もスマホも持たずに新幹線に乗り、大阪まで来たのだという。それが、このツアーの始まりだった。「そんなに明るい気持ちでツアーを始めたわけじゃなかったんですけど、回っているうちに、俺が音楽をやることに希望を持ってなかったら意味がないって思うようになってた。その吹っ切れのきっかけになったのは大阪に飛んでいっちゃったことだったと思う」。確かに、幕張のあと、岡山でおよそ2ヶ月半ぶりに観たTeleのライブは、幕張とはまた違った意味でとてもポジティブなものになっていた。苦々しい過去や屈折した自意識や現状への不満、そうしたものはもちろん消えてはいないが、でもそうした一切合切を背負い込んだまま軽やかにジャンプして前へと進んでいく、推進力のようなものが感じられたのだ。

そういう意味では、ツアーファイナルを大阪でやるということは彼のなかでのひとつの答え合わせのようなものだったのかもしれない。振り返れば、このツアーの幕開けとなった幕張は喜多朗にとっては、決して明るくない過去の記憶と強烈に結びついた土地だった。彼はその場所で「地元なんて一度も愛したことがないから」と言いつつ、ライブをすることで愛せるようになりたいという思いも吐露していた。一方ここ大阪は、彼にとってはTeleとして音楽をやるなかで出会い、関係性を築き上げてきた場所。彼が初めて出たフェスも、現在の編成での初ライブも大阪だった。ここで人に自分と自分の音楽を受け入れられるという体験は、もしかしたらTeleにとって大きな救いだったのかもしれない。そしてだからこそ、彼はこのファイナルのステージでも、もっと大きな場所でやりたいという欲を隠さなかった。幕張メッセがそうであったのと同様、この大阪でのファイナルも、彼にとっては過去への落とし前なのだ。そして披露される“生活の折に”。喜多朗がバンドで挫折した18歳の頃に作った曲である。ワンマンライブで欠かさず歌われてきたこの曲だが、この日はひときわエモーショナルに聞こえてきた。

「本当にどうしようもない人間ですけど、僕が完璧な人間ではないということが、傲慢だけど、みなさんの救いになればいいと思う。みなさんのどうでもいいような日々の幸せを願っています。どうにか生き延びましょう」。その思いをそのまま込めたような“ぱらいそ”がにぎやかで華やかな雰囲気のなか届けられる。世界も自分もどうしようもない、という大前提に立ち、それでもTeleはこの先の楽園を目指すのだ。喜多朗とオーディエンスの声と思いがぴたりと重なったような、美しい一体感がZepp Bayside Osakaに生まれる。そしてラストは“花瓶”の大合唱。この曲を始めると気に喜多朗が叫ぶ「This is our song!」という言葉は、ライブを重ねるごとにどんどん確信の度合いを深めているように聞こえる。この日も“花瓶”はまさに「俺らの歌」として力強く響き渡ったのだった。

こうして、Teleのツアー「蟲」は終幕を迎えた。初日の幕張から3ヶ月、僕はそのほんの一部に触れただけだが、それでもこのツアーを通して喜多朗が何か大きなものを掴んだのだということはわかった。それが今後のTeleにどんな影響を与えていくのか、それはきっとこれから出てくる曲たちのなかで見えていくはずだ。

Reported by Tomohiro Ogawa

セットリスト
https://Tele.lnk.to/mushi_setlist

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